美しく時を重ねる、人生を映す家。
ある時は、光を取り込む窓辺に。
ある時は、食卓を華やかに彩るテーブルに。
ある時は、風合いの良さを肌で感じるベッドリネンに。
使う場所や⽤途によって、その布の表情はがらりと変わる。
さまざまな⼈びとの暮らしから、〈14-23〉がある⾵景をお届けします。
葉山の緑豊かな山の上に佇む一軒家。44年前に建てたこの家で、娘さん親子と暮らす伊藤千桃さんは、季節ごとに豊かな景色を見せる、広い庭の手入れをほとんどひとりでこなしています。
育てたハーブや薬草は、料理やお茶、化粧品に。古いものを大切にし、自然と共生する生活は、小さな喜びに溢れていました。雨粒に濡れた草木を映す窓辺に、暮らしの布が寄り添います。
海を見下ろす丘の上。豊かな庭に囲まれ、ひっそりと佇む青い一軒家を訪ねました。「すみません、こんな格好で」と庭仕事の最中に長靴姿で迎えてくれたのが、千桃さんです。
結婚後に実家のある葉山へ戻り、建てた家で暮らして44年。古くても愛着のある住まいを、直しながら、娘さんと孫息子と二世帯で生活しています。
「桃花源」という屋号を掲げ、改装した離れで民泊を営みながら、ケータリング業を仕事にしていた千桃さん。料理はすべて自宅のキッチンで。地元の野菜や魚、さらに庭で育てたハーブや果物も取り入れながら、時には100人分もの食事を一度に用意することもあったそうです。現在は娘さんに仕事を任せながら、自身は庭仕事に励んでいます。
「こんな場所で暮らしていると、ワインを飲んでゆったり過ごしていることを想像されたりもしますが、実際はそんな優雅には暮らせません。長靴を履いて庭仕事をして、工具を持って家中を直しまわっています。毎日やることが山積みで本当に大変。」
そう苦労を語りながらも、「だからこそ日々が楽しいんです」と笑顔を見せてくれました。
住まいを囲うように広がる庭では、さまざまなハーブや植物を育てています。涼しい季節にはティータイムでちょっと一息ついたり、家族でバーベキューを開催することも。いつものテーブルにさらっと布をかければ、おもてなしスタイルに。
今回テーブルクロスに迎えたのは、天然素材で厚手の〈Re.nen〉のキャロット。名前の通りキャロットからインスピレーションを得た、穏やかなオレンジのカラーは、自然のなかでもよく馴染みます。
古い住まいは、維持費だけでも相当なもの。フランス製のキッチンは三口コンロのうち一口しか使えず、オーブンは壊れたまま。部品の欠品で修理のしようもないといいます。
お気に入りのウッドデッキも、十年ごとに朽ちてしまうため、一階部分は撤去して芝を敷いたそう。それでも眺めの良さから、二階のデッキだけは手をかけながら愛用を続けています。
「みんなにいわれるんですよ。家を売って、街にアパートを買ったほうがいいって。それでも好きだから、手放せない。貧乏をしてでも、忙しくても、今の暮らしが気に入っているんです。」
玄関の木製扉も、新築時からずっと愛用しているもの。割れたガラスも直しながら受け継いできました。千桃さんも娘さんも、手入れが簡単なアルミ製の扉より、不便でも味のある扉にずっと愛着を持っているそう。
古い扉だからこそ隙間風が気になる時は、布を重ねることで冬場の断熱効率が高まります。
テンションポールを設置し、間仕切りとして迎えたのは〈TOSS〉のグレー。扉を開けて空気を入れ替えたいときも、一枚の布があるだけでプライベート空間を守ることができます。
軽やかな〈TOSS〉は、光を受ける面とそうでない面で透け感が変わるのも魅力です。外から中を伺うときは程よく遮り、逆に中から外を見るときは柔らかな透け感で景色を感じられます。
急な雨や来客にもすぐ気付ける一方で、室内の様子はほどよく隠せるのも安心です。
さらに、〈マグネットタッセル〉を使えば、布をたくし上げて愛犬の通り道を作ったり、風や光の入り方を自在に調整することもできます。見た目を美しく整えるだけでなく、ちょっとした快適さをプラスしてくれるのも、暮らしの布ならでは。
千桃さんの暮らしは、どこか多国籍の雰囲気を保ちます。鉄足と石の天板が特徴の大きなダイニングテーブルはスペイン製のもの。ベンチとして活用するのは、古い中国の折りたたみベッドだとか。玄関の下駄箱や、ダイニングの食器入れに使うのは、それぞれ古い和箪笥です。
「昔はこの辺でよくガレージセールをやっていたんです。古くからあるお屋敷も多いので、上等な家具がタダ同然のような金額で購入できました。交渉するのが得意なので、このダイニングテーブルも骨董屋で値引きしてもらったもの。気に入ったものがあれば国や時代問わずに迎えています。」
「布は昔から好きでした。古いソファーに掛けたりして使用したり。季節ごとに窓やテーブルに、いろんなシーンで使い回しています。装飾品としてお気に入りの織物は、ボロボロになっても敷ものにすればいい、と捨てずに最後まで使い道を探しています。」
葉山の美しい自然や山々の羨望が楽しめるダイニングキッチン側の窓辺には、シルクの落ち綿から生まれたやわらかな〈KINU〉を新たに取り入れました。
ナチュラルな質感は、厚手ながらも軽やかに空間に寄り添います。透けない素材なので、視線が気になる窓辺や生活感を隠したい時にも活躍します。
そこに重ねたのは、インドの手仕事の温かみが伝わる伝統的なマクラメ〈CURTAIN VALANCE – AMU〉。カーテンバランスは簡単につけ外しができるので、季節や気分に合わせて布を変えながら、オリジナルのスタイリングを楽しめます。
「この窓に合う布をずっと探していました。今回、ご提案いただいた〈KINU〉と〈AMU〉の組み合わせはまさに理想の布で、とても気に入りました。いつもの景色も新鮮に楽しめます。」
家と庭との行き来するダイニングの窓辺には、シックなストライプ柄の〈MERCI〉を。天井から掛ける薄手の布は、空間を広く見せながら、どこかパリの風を感じさせてくれます。
大きなダイニングテーブルがある、腰高窓には、リサイクルのペットボトルから生まれたふっくらと肌触りの良い厚手の〈LA〉を掛けました。甘さのあるオフホワイトは、ヴィンテージのような風合いで、空間にしっとりと寄り添います。
ランダムで立体感のある糸で織った生地は、光を受けると、まるで雲のような表情を浮かべます。光は感じつつ、外からの視線をしっかり遮る布なので、寝室やプライベートな空間にもおすすめです。
ダイニングで使う椅子は、実は庭用のもの。座り心地をよくするために、友人から譲り受けた座布団を敷き、その上からインドネシアのバティックを巻いて楽しくアレンジしてきました。今回は、窓辺の景色に合わせて〈LA〉のジンジャーレッドに衣替え。上質な肌触りと豊かな質感が、空間にやさしくスパイスを添えてくれます。
「ふだん使っているバティックはジャカルタに暮らすいとこが買ってきてくれたもの。インテリアや趣味の感性が似ていて、彼の家はいつ訪ねても感動するくらい素敵なんです。」
実は千桃さん自身も、インドネシアで生まれました。しかし幼い頃に、日本人の母とともに帰国し、その後は養父母のもとで育てられたそう。
「20年ほど前、ふと思い立って父を探し始めました。最初は役所や大使館に問い合わせても断られましたが、現地の人を頼ったことで見つけることができたんです。」
「父は有名なジャーナリストでした。すでに亡くなっていましたが、親族と会うことができました。空港では花束で迎えられ、一族を紹介してもらい、お墓参りもできました。そこから交流が今も続いています。」
ここ数年は、インドネシア語の勉強もはじめたという千桃さん。インドネシアでの交流が、静かな生活に心地いい刺激をもたらしているようです。
「この茶箱に入っているのは庭で摘んだ野草のお茶です。バラの花からは化粧水も作っています。」
庭には四季折々の草花があり、摘んだハーブや薬草はお茶や料理、化粧品へと姿を変えます。
インタビューのあとにご用意いただいたランチは、庭で採れた紫蘇とニンニクを自家製梅酢で和えたサラダ、焼きたてのフォカッチャ、米油でしっとり仕上げたキャロットケーキ。どれも素朴ながら美しく、庭の恵みと身近な素材から自然に生まれる素晴らしい味わいでした。
千桃さんの普段のスタイルは、シャツにデニム。布や家具と同じように、洋服も直しながら長く着続けています。汚れが目立つものは、紅茶や玉ねぎの皮で染め直すことも。
「お金があることで生まれる豊かさもあるでしょうけれど、限られた物のなかで工夫をしながら過ごすこの暮らしが気に入っています。私が思う豊かさは、物を大切にする“昔ながらの日本の暮らし”にあると実感しています。」
「住まいは自分自身」と話す千桃さん。古い家は直すべきところが尽きないけれど、その手間はいつしか愛着に変わっていきました。
庭仕事に汗を流し、採れたての野菜とともにキッチンへ立つ。都会と比べれば不便も多いかもしれません。それでも、美しい自然に身を置き、手仕事とともに積み重ねる暮らしは、豊かさと愛おしさに満ちていました。